大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)4357号 判決
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〔判決理由〕(二)、逸失利益
1、<証拠>によれば、原告は本件事故当時アルサロ白蘭にホステスとして勤務し、固定給として月額金三二、〇〇〇円および若干の指名料を得ていた(原告は指名料として月額平均金三二、四〇〇円を得ていたと主張するが、これを認めるに足る適切な証拠はない。証人重松逸次は、原告は白蘭の一〇〇名のホステス中五〇番位の中堅級であるから指名料は給料の一一割から一二割位もらつていたと思うとの供述をするが、これのみによつて原告の指名料が原告主張どおりの額になると認めるにはいささか不十分である)が、本件事故による受傷のため稼働できず、勤め先を退職した事実が認められる。ところで、ホステスの如き職種は、職業柄、化粧代、衣裳代等多額の経費を必要とすることは経験則上明らかであるから、原告がいくばくかの指名料等の収入を得ていたとしても、そのほとんどが右の経費にあてられるものとみるのが相当であり、従つて、原告の実収入額は前記毎月金三二、〇〇〇円程度と認めるのが相当である。
2 前記第三認定の事実からすれば、原告は、本件事故後昭和四二年一二月下旬頃までの一〇ケ月間は稼働しえない状態であつたものと認められ、その後は同認定の後遺症のため労働能力が五〇パーセント程度低下し、その状態は右後遺症の程度、内容からして症状固定の時期と推察される昭和四二年一二月下旬頃より一〇年間は継続するものと認めるのが相当である。 (吉崎直弥)